石川温の「スマホ業界 Watch」

ドコモ悲願の銀行業参入、描く未来は実現するのか

 NTTドコモは5月29日、住信SBIネット銀行の株式をTOB(株式公開買付け)を行い、子会社化すると正式に発表した。

 4キャリアのなかで唯一、グループ内で銀行を持っていなかったNTTドコモ。昨年、社長になった前田義晃氏は就任早々「2024年度中に銀行業に参入する」と明言。その後、なかなか、パートナーが決まらないなか、一時は「大ぼら吹き」になるところであったが、なんとか住信SBIネット銀行の買収にこぎ着けた。

 喉から手が出るほど欲しかった銀行を手にしたことで、ドコモ経済圏が今後、さらに拡大していくことだろう。ドコモユーザーはdカードに加えて、住信SBIネット銀行の口座を開設。dカードの引き落とし口座にすることで、dポイントをさらにザクザクもらえるようになるはずだ。

 かつて、NTTの島田明社長がドコモの銀行業参入に対して質問を受けた際、「いろいろと検討している。言葉は悪いかもしれないが、いずれも『帯に短し、たすきに長し』で、いらない機能はいらない。必要な機能だけ欲しい」と語っていたことがあった。

 筆者が「ドコモにとって銀行業で譲れない機能はなにか」とたたみかけると「トランザクション機能だ。すでにマネックス証券を買収し、オリックスクレジットもグループ内にある。保険をOEMで提供している。それらをユーザーが円滑にマネージできる機能が必要。それ以外の機能はあまり欲しくない。基本的にはシンプルなトランザクションができることが重要」と言っていた。

 そんな島田社長、今回の買収については「基本的にトランザクションの機能がほしかったが、その点、住信SBIネット銀行はベストだと思っている。いらないと申し上げたのは、店舗やATMなどの重たいもの。住信SBIネット銀行がお持ちのものは、銀行として必須のもので、『帯にもなるし、襷にもなる』ベストなパートナーといえる」と満面の笑みを浮かべた。

ドコモが目指す未来像

 一方、買われる側の住信SBIネット銀行にとっても、NTTドコモと組むことで、成長のアクセルをさらに踏めることになりそうだ。

 住信SBIネット銀行では「NEOBANK」として様々なブランドと提携し、銀行サービスを提供できる仕組み(BaaS)を提供している。例えば「JAL NEOBANK」ではJALのマイレージ会員に向けた銀行サービスを提供中だ。

 住信SBIネット銀行の円山法昭社長は「新規顧客獲得の7割はBaaS経由だ」と語る。今後、NTTドコモとタッグを組めば、ドコモユーザーの口座開設が爆発的に増えることだろう。

 ただ、この買収スキームが本当にNTTとNTTドコモにとって「ベスト」だったかは検証の余地がありそうだ。本来、NTTドコモとしては100%株主として買収したかっただろう。しかし、今回、100%取得は叶わず、三井住友信託銀行が34.19%、NTTドコモが65.81%の株式を所有することになる。実質支配力基準に基づき、ドコモの連結子会社となるが、議決権比率ではドコモと三井住友信託銀行は50%保有することになる。

 今回、SBIホールディングスと一般株主が持つ株式をNTTドコモが公開買い付けしていくプロセスとなる。

 また、買収とは別にNTTとSBIホールディングスは資本業務提携を結ぶことになった。SBIホールディングスが実施する約1100億円の第三者割当増資をNTTが引き受けるのだ。

 住信SBIネット銀行の買収額が約4200億円なので、NTTグループはあわせて5300億円近い金を負担することになる。

 ただ、記者会見では、株を売るはずのSBIホールディングスの北尾吉孝会長兼社長の影響力がめちゃくちゃデカそうな印象であった。株を手放した後も、発言力がありそうな雰囲気を漂わせているのが興味深かった。

 北尾会長は「うちは常に金が足りない」と語る。住信SBIネット銀行株式のドコモへの売却で得られる資金の一部は、SBI新生銀行の公的資金返済に充てられる予定だ。

 会見の雰囲気から察するに、買収額やスキームなど4社間の交渉は北尾会長のペースに上手いこと乗せられたようにも見えた。

 実際、NTTドコモとしてはすでにマネックス証券を傘下に収めているが、住信SBIネット銀行はSBI証券と連携サービスを提供している。交渉の結果、NTTドコモはマネックス証券とSBI証券を対等に扱わなくてはならないようになった。

 悲願である銀行を手に入れたNTTドコモであるが、今回の買収スキームで、本当にNTTドコモのやりたいことを自由に実現できるのか。また、ドコモユーザーが「ドコモ経済圏で良かった」と実感できるサービスは現れるのか。今後、数年、注意深く見守っていきたい。

石川 温

スマホ/ケータイジャーナリスト。月刊誌「日経TRENDY」編集記者を経て、2003年にジャーナリストとして独立。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。